成人式の祝辞

1月9日に杉並公会堂で成人祝賀の集いが開催されました。

この成人式では杉並区を郵便番号ごと(〒166・167・168)の3地域に分け、新成人が住んでいる地区ごとに一日3回行われます。

今年の成人式では議長としての祝辞を1回目(〒166地域)と3回目(〒167地域)の2回述べさせて頂きました。

成人式と言えば毎年、全国各地でいわゆる「あれた成人式」が報道されますが、今年の杉並区では1回目と2回目(副議長に祝辞を代わって頂いた回)に一部調子に乗った輩が騒ぎ、近年にはない少々不穏な空気に包まれた式典となってしまいました。

前日、式典中に妨害するような目に余る行為があれば、壇上から一喝してやろうかなどと考えていましたが、2回とも私が祝辞を述べている時は静かに聞いていました。(あたりまえのことですが・・・)

様々なハプニングが想定されるので、議長になってから初めてあらかじめ用意した原稿を見ながらの祝辞としました。

以下、当日の祝辞です。

ご紹介頂きました杉並区議会議長の藤本なおやです。
区議会を代表して、成人の日を迎えられた皆様に心よりお祝い申し上げます。

今日皆さんは成人となりましたが、これまでの20年間の人生を振り返ったとき、自分一人では生きてはこられなかったはずです。
両親や、学校の先生、友人など、多くの人たちに支えられて皆さんは成人を迎えることができました。
ですから、今日のこの式典が終わった後、まず最も身近な身内に「ありがとう」と感謝の気持ちをしっかりと言葉にして伝えてください。
なかなか親に感謝するのは照れくさいかもしれませんが、今日という日はあなた方にとっても、親御さんにとっても生涯で一度きりしか有りません。
一度しかない、この機会をのがさず、電話でも短いメールでもいいので今日しかできない事を、素直に思いを伝えていただきたいと思います。

さて今から20年前。皆さんが生まれた年に私は成人式を迎えました。その当時を思い返してみると正直自分でやりたいことも明確には定まっておらず、ましてやまさか20年後、こうして新成人を前にして挨拶をする立場になるとは想像もしていませんでした。
今日、この会場の中でも人生の目標をしっかりと見据えて向かっている人もいれば、まだなりたい自分が何かも分からず迷っている人もいて、むしろ後者のほうがおおいのではないでしょうか?
なかには今日久しぶりに会った旧友と自分とを比べて、遅れをとっていると感じてしまった人もいるのではないでしょうか?
ただ今日は人と比べて自分の立ち居地を確認する日ではありません。
新成人の皆さん全員が同時に大人としてのスタートを切る。今日は始まりの日であります。

現在、夢を持っている人もそうでない人も今日という始まりの日を境に、どういった心構えで今後生活をしていくかということが、これから大事になってきます。
今までの生活は、まだ自分は若いからといって毎日毎日を漠然と過ごして、時間をむやみに浪費していないでしょうか?

「カシコギ」という海外の小説の一文にこういう言葉があります。
「あなたが空しく生きた今日という日は、昨日死んでいったものがあれほど生きたいと願った明日」
という一文です。
皆さんと同じ年に生まれた人のなかで、ある人は病気で。ある人は事故で、またある人は3月11日の震災によって成人を迎えることなく亡くなった人もいます。
これを運命という一言でかたづけるのは、あまりにも短絡すぎます。
明日を生きる事ができなかった、許されなかった人たちは、いきたいと思っても次の日を迎える事ができなかった人たちです。

人は誰しも明日のことはわかりません。
だからこそ今を生き、今の一瞬一瞬を大事にしなければなりません。
そして
「為すべき事を 為すべき時に 為す努力」という気持ちを持ち続けていれば、不思議なもので必ず今が不安定な状況にあったとしても道は開けていきます。

為すべき事を 為すべき時に 為す努力
今日の門出にこの言葉をお祝いとして最後に贈り、区議会議長としての祝辞といたします。 
以上。


騒いだ一部の馬鹿者のせいで、この年の新成人は しばらく「不名誉なレッテル」が貼られてしまいます。

そうならないためにも、式典中に騒いだ者を同年代の新成人が戒める、注意する勇気が必要ではなかったのではないでしょうか?

最近の社会は見て見ぬふりをする風潮が蔓延しています。
新しく大人の仲間入りを果たした新成人には、これから是非とも正義感や規範意識を高く持ってもらいたいと切に願うものであります。

ところで当日全3回の成人式が終わった後、ホッと胸を撫で下ろすような気分となりました。

全国の自治体がそれぞれ形は違えども成人式を行っていますが、改めてその開催意義を考えさせられる一日でした。

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